※本記事は、リスク法務実務研究会の会報誌に当事務所の弁護士が寄稿した「相続・遺言」コラム(2017年4月号〜2018年3月号・全12回)のうち、遺言書の作成に関する回を、2026年10月時点の法令に合わせて再構成したものです。遺留分については「遺留分の計算と請求Q&A」、相続法改正後の新しい制度については「配偶者居住権・特別寄与料Q&A」で解説しています。
「遺言書は書いたほうがいいと聞くけれど、本当に必要なのか」「何をどう書けばいいのか分からない」。遺言書については、こうしたご相談を多くいただきます。2019年以降の相続法改正で、自筆証書遺言の財産目録をパソコンで作れるようになり、2020年からは法務局で自筆の遺言書を預かる制度も始まりました。
この記事では、福岡の弁護士が、遺言書が必要になるケース、自筆証書遺言と公正証書遺言の書き方の要点、作成前の準備、預貯金や遺言書に書き漏れた財産の扱いを、Q&A形式で解説します。
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この記事の要点
- 遺言書は義務ではありませんが、内縁のパートナーに遺したい、自社株式がある、音信不通の相続人がいる、相続人間に火種がある場合は作成すべきです。
- 自筆証書遺言は「全文・日付・氏名の自書と押印」が必要です。財産目録だけは2019年1月からパソコン作成や通帳コピーでもよくなりました(各ページに署名押印が必要)。
- 自筆証書遺言は法務局の遺言書保管制度(手数料3,900円)を使えば、紛失・改ざんの心配がなく、家庭裁判所の検認も不要です。
- 確実性を重視するなら、公証人が作成する公正証書遺言がおすすめです。
- 作成前に、相続人の戸籍と全財産のリスト(財産目録)を準備し、遺留分にも配慮します。
- 書き漏れに備え、「その他一切の財産は○○に相続させる」という一文を入れておくと安心です。
Q1. 遺言書は必ず作らなければいけませんか?
A. 必ずではありません。遺言がなければ、民法の定める法定相続人が法定相続分を基準に話し合って分けることになります。ただし、次のようなケースでは遺言書の作成を強くおすすめします。
実際には、遺言書を作らずに亡くなる方のほうがはるかに多く、「法律どおりに分けてもらえばよい」という考え方も十分ありえます。しかし、以下に当てはまる場合、遺言書がないと深刻なトラブルになりやすいのが実情です。
① 法定相続人ではない人に財産を遺したい
内縁の配偶者や事実婚のパートナー、長男の妻など、法定相続人ではない人には相続権がありません。遺言がなければ、パートナーが住まいや生活費を失うおそれもあります。逆に、相続人の誰かに財産を渡したくない場合も、遺言書が必要です。
② 相続財産に自社株式がある
オーナー経営者が亡くなると、遺産分割が終わるまで株式は相続人の準共有となり、権利を行使する人を決めなければ議決権を行使できません(会社法106条)。役員の選任すらできず、会社の存続や従業員の雇用に影響しかねません。遺言書で株式の承継先を明確にし、後継者を決めておくことが不可欠です。医療法人の出資持分なども同様で、相続税の納税資金の確保もあわせて検討が必要です。
③ 法定相続人に音信不通の人がいる
遺産分割協議には相続人全員の合意が必要です。連絡の取れない相続人がいると、家庭裁判所で不在者財産管理人を選任するなど手続きに時間と費用がかかります。遺言書を作成し、遺言執行者を指定しておけば、相続手続きを円滑に進められます。
④ 相続人の間にすでに火種がある
前妻の子と後妻、亡くなる直前に婚姻した配偶者(配偶者は法定相続分2分の1の相続人になります)など、親族関係が複雑な場合は紛争になる可能性が高く、遺言書で分け方を決めておくべきです。
Q2. 自筆証書遺言には何を書けば有効になりますか?
A. 遺言者本人が「全文」「日付」「氏名」を自書し、押印することが必要です(民法968条1項)。財産目録だけはパソコン作成や通帳のコピーでもかまいませんが、各ページに署名押印が必要です(同条2項)。
全文の自書
本文は遺言者が自分で手書きしなければなりません。パソコンで作った本文に署名だけした遺言や、家族が代筆して本人が署名した遺言は無効です。
財産目録はパソコン・コピーでも可(2019年1月13日以降)
2019年1月13日以降に作成する自筆証書遺言では、本文に添付する財産目録は自書でなくてもよくなりました。パソコンで作成した一覧表、不動産の登記事項証明書や通帳のコピーを添付することもできます。ただし、目録の各ページ(両面に記載がある場合は両面)に署名押印が必要です。
日付の記載
元号でも西暦でもかまいませんが、日付が特定できなければ無効になるおそれがあります。「令和○年○月吉日」のような書き方は避け、「令和8年10月20日」のように年月日を正確に書きましょう。日付は、複数の遺言書がある場合にどれが新しいかを判断する基準にもなります。
署名・押印
押印は認印でも有効とされていますが、本人が作成したことを明確にするため、実印での押印が望ましいでしょう。
訂正方法と共同遺言の禁止
- 書き間違えた場合の加除・訂正には、変更場所の指示、変更した旨の付記と署名、変更場所への押印という法律上の方式があります(民法968条3項)。方式を誤るリスクを避けるため、書き直すほうが安全です。
- 夫婦が1通の遺言書に連名で書く共同遺言は禁止されています(民法975条)。夫婦それぞれが別の遺言書を作成してください。
Q3. 遺言書の内容はどのように書けばよいですか?
A. 「誰に」「どの財産を」遺すかを、第三者が読んでも一つの意味にしか取れないように具体的に書きます。思いだけを書いた文章では、法的な効力が生じないことがあります。
たとえば、二男に会社を継がせたいと考えて「二男に会社のことは任せる」と書いても、株式を相続させる意味とは読み取れず、自社株式は遺産分割の対象になってしまうおそれがあります。株式を承継させたいなら、次のように具体的に書く必要があります。
第1条 遺言者は、遺言者の有する株式会社○○の株式1,000株を、遺言者の二男○○○○(昭和○年○月○日生)に相続させる。
また、「二男を取締役とする」と書いても、取締役の選任は株主総会の決議事項なので、法的な効力はなく、事実上のメッセージにとどまります。
自筆が難しいと感じたら公正証書遺言を
法律上有効で、意図どおりに実現できる遺言書を自筆で書くのは、想像以上に難しいものです。確実性を重視するなら、公証人が作成する公正証書遺言をおすすめします。方式の不備で無効になるおそれがほとんどなく、原本は公証役場で保管され、家庭裁判所の検認も不要です。2025年10月からは公正証書の作成手続のデジタル化が進み、一定の場合にはウェブ会議を利用した作成も可能になっています。
Q4. 自筆証書遺言と公正証書遺言はどう違いますか?
A. 自筆証書遺言は手軽で費用がかかりませんが、方式不備や紛失のリスクがあります。法務局の保管制度を使えばリスクを減らせます。公正証書遺言は費用がかかりますが、最も確実です。
| 自筆証書遺言(自宅保管) | 自筆証書遺言(法務局保管) | 公正証書遺言 | |
|---|---|---|---|
| 作成者 | 本人 | 本人 | 公証人(証人2名が立会い) |
| 費用 | 不要 | 保管手数料3,900円 | 公証人手数料(財産の価額等により異なる) |
| 方式不備のリスク | あり | 外形的な方式は確認される | ほぼなし |
| 紛失・改ざんのリスク | あり | なし | なし |
| 家庭裁判所の検認 | 必要 | 不要 | 不要 |
法務局の自筆証書遺言書保管制度
2020年7月10日から、自筆証書遺言を法務局(遺言書保管所)で預かってもらえる自筆証書遺言書保管制度が始まっています。遺言者本人が法務局に出向いて申請し、手数料は3,900円です。原本と画像データが保管されるため紛失や改ざんのおそれがなく、亡くなった後に家庭裁判所の検認も不要です。あらかじめ申し出ておけば、死亡時に指定した人へ遺言書が保管されている旨の通知も届きます。
ただし、法務局が確認するのは日付や署名などの外形的な方式で、内容が有効か、意図どおりに実現できるかまでは確認されません。内容に不安がある場合は、弁護士に文案を確認してもらうとよいでしょう。
Q5. 遺言書を作る前に何を準備すればよいですか?
A. 「誰に」を特定するための戸籍・住民票と、「どの財産を」を特定するための資料、そして全財産のリスト(財産目録)を準備します。
「誰に」を特定する資料
- 遺言者の出生から現在までの戸籍(法定相続人を確定するため)
- 財産を受け取る人の戸籍・住民票(氏名・生年月日・住所を正確に記載するため)
「どの財産を」を特定する資料
- 預貯金:通帳(金融機関名・支店名・口座の種類・口座番号)
- 不動産:登記事項証明書(所在・地番・家屋番号など)、固定資産税の評価証明書
- 自社株式:会社の登記事項証明書、定款、株主名簿
- 有価証券:証券会社の取引残高報告書など
全財産のリストと遺留分への配慮
特定の人に多くの財産を遺す遺言書を作っても、配偶者や子などには遺留分(法律上最低限保障される取り分)があり、遺留分を侵害された相続人は金銭の支払を請求できます。遺留分を侵害するかどうかは、法定相続人が誰で、財産の全体がいくらあるかが分からなければ判断できません。遺すものだけでなく、すべての財産の一覧を作ることが大切です。遺留分の詳細は遺留分請求のページもご覧ください。
費用の目安
弁護士に依頼して公正証書遺言を作成する場合、主な費用は①弁護士費用、②戸籍・登記事項証明書などの取得費用、③公証人手数料の3つです。財産の額によって大きく変わるのは主に③の公証人手数料です。遺言執行者に弁護士が就任する場合は、別途遺言執行の報酬がかかります。当事務所の費用は遺言書作成のページをご覧ください。
Q6. 預貯金は遺言書にどう書けばよいですか?
A. 預貯金は遺産分割の対象となり、遺言がなければ分割が終わるまで原則として払い戻せません。預貯金も遺言書に明記し、書き漏れに備えて「その他一切の財産」の条項を入れましょう。
最高裁は2016年12月19日の決定で、預貯金は相続開始と同時に当然に分割されるのではなく、遺産分割の対象になると判断しました。それまでは、各相続人が法定相続分に応じた額を金融機関に請求できるとされていましたが、現在は遺産分割が成立するまで、原則として預貯金を払い戻せません。
葬儀費用や当面の生活費に困らないよう、2019年7月からは遺産分割前の預貯金の払戻し制度が設けられ、各相続人は、相続開始時の預貯金額の3分の1に自分の法定相続分を掛けた額(1つの金融機関につき150万円が上限)までは、単独で払戻しを受けられます(民法909条の2)。
遺言書作成上の留意点
- 「預金は法定相続分で分ければよい」と考えて遺言書に書かなかった場合、預貯金だけのために相続人全員で遺産分割協議をしなければなりません。相続人の中に協力しない人や連絡の取れない人がいると、手続きが止まってしまいます。
- 口座の記載漏れや記載誤りに備え、次のような条項を入れておくことをおすすめします。
第○条 遺言者は、本遺言書に記載のない遺言者の有するその他一切の財産を、遺言者の長男○○○○(昭和○年○月○日生)に相続させる。
Q7. 遺言書に書かれていない財産はどう分けますか?
A. 遺言書に書かれていない財産は、相続人全員の遺産分割協議で分けます。その際、遺言で多くの財産を取得した相続人は、その分を考慮して取り分が調整されるのが原則です。
たとえば、遺言書に「長男Bに土地・建物(評価額5,000万円)を相続させる」とだけ書かれ、法定相続人が長男B・二男A・長女Cの3人(法定相続分は各3分の1)の場合を考えます。
ケース1:不動産以外の財産が4,000万円
遺産総額は9,000万円で、各自の取り分の目安は3,000万円です。Bはすでに5,000万円の不動産を取得しているので、残りの4,000万円はAとCが2,000万円ずつ取得するのが原則です(Bが超過分を返す必要はありません)。
ケース2:不動産以外の財産が1億3,000万円
遺産総額は1億8,000万円で、各自の取り分の目安は6,000万円です。Bは不動産の5,000万円に加えて預貯金などから1,000万円、AとCは預貯金などから6,000万円ずつ取得することになります。
不動産の評価が争点になりやすい
ケース2では、不動産をいくらと評価するかで、Bが受け取る現金の額が大きく変わります。A・Cは「7,000万円の価値がある」、Bは「4,000万円の価値しかない」と主張するなど、評価をめぐって対立しがちです。不動産鑑定士の鑑定でも結果に幅があり、解決は容易ではありません。弁護士が関与したり家庭裁判所の調停を利用したりすることで、「不動産を高く評価するなら、不動産は別の相続人が取得し、Bは預貯金を受け取る」といった柔軟な解決が可能になることもあります。
※遺言書に「持ち戻しを免除する」旨の意思が示されている場合などは、計算が異なります。また、2023年4月施行の改正により、相続開始から10年を経過した後の遺産分割では、原則として特別受益や寄与分を主張できなくなりました(民法904条の3)。遺産分割の流れは遺産分割のページをご覧ください。
まとめ|遺言書は「具体的に」「漏れなく」「確実な方式で」
- 内縁のパートナー、自社株式、音信不通の相続人、相続人間の火種があるなら遺言書は必須
- 自筆証書遺言は全文・日付・氏名の自書と押印。財産目録はパソコン作成可(各ページに署名押印)
- 自筆なら法務局の保管制度、確実性重視なら公正証書遺言
- 戸籍と全財産のリストを準備し、遺留分にも配慮する
- 預貯金も明記し、「その他一切の財産」の条項で書き漏れを防ぐ
小川・橘法律事務所では、遺言書の文案作成、公正証書遺言の作成サポート、遺言執行者への就任、相続紛争の解決までご相談をお受けしています。ご予約ページからお気軽にお問い合わせください。
執筆者:弁護士 小川剛(小川・橘法律事務所/福岡県弁護士会)
本記事は2026年10月時点の法令に基づいて作成しています。元となったコラムはリスク法務実務研究会の会報誌に掲載されたものです。個別の事案については弁護士にご相談ください。
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