※本記事は、リスク法務実務研究会の会報誌に当事務所の弁護士が寄稿した「事業承継、M&Aについて」コラム(2019年6月号〜2020年4月号・全11回)のうち、M&Aの手法に関する回を、2026年10月時点の法令に合わせて再構成したものです。M&Aの進め方は「中小企業のM&A・事業承継の流れQ&A」、名義株など株主の整理は「名義株とは?M&A・事業承継前の株主整理Q&A」で解説しています。
「会社を売るなら株式譲渡と事業譲渡のどちらがよいのか」「一部の事業だけを切り離して売りたい」。中小企業の事業承継やM&Aでは、どの手法を選ぶかで、手続の手間、引き継がれる債務、取引先や従業員への影響、税金が大きく変わります。
この記事では、福岡の弁護士が、株式譲渡・事業譲渡・会社分割の違い、それぞれのメリット・デメリット、取引先との契約や従業員の雇用がどうなるかを、Q&A形式で解説します。
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この記事の要点
- 株式譲渡は、オーナーが株式を売り、会社をそのまま引き継がせる方法です。手続が簡便で、中小企業の事業承継で最も多く使われます。ただし、簿外債務も含めて会社ごと引き継ぐことになります。
- 事業譲渡は、事業に必要な資産・契約などを選んで売る方法です。一部の事業だけを売ったり、簿外債務を引き継がないようにしたりできますが、不動産の名義変更や契約の巻き直しなど、手続が煩雑です。
- 会社分割は、事業を権利義務ごと別の会社に移す方法です。契約や従業員を包括的に移せる一方、債権者保護手続や労働者保護の手続が必要です。
- どの手法でも、主要取引先との契約に「経営者・株主が変わったら解除できる」条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)がないかを事前に確認することが大切です。
- 事業譲渡では、従業員の転籍に本人の同意が必要です。会社分割では労働契約承継法の手続に従います。
Q1. M&Aにはどのような手法がありますか?違いを一覧で教えてください
A. 中小企業のM&Aで主に使われるのは、株式譲渡、事業譲渡、会社分割(と、分割した会社の株式譲渡)です。このほか合併もあります。主な違いは次のとおりです。
| 株式譲渡 | 事業譲渡 | 会社分割 | |
|---|---|---|---|
| 売るもの | 会社の株式(会社そのもの) | 事業に必要な資産・契約など(選んで移す) | 事業に関する権利義務(包括的に移す) |
| 契約の当事者 | オーナー(株主)と買い手 | 売り手の会社と買い手の会社 | 分割する会社と承継する会社 |
| 会社側の主な手続 | 譲渡制限株式なら会社の承認 | 原則として株主総会の特別決議 | 株主総会の特別決議、債権者保護手続、登記 |
| 債務(簿外債務を含む) | 会社に残るので、実質的にすべて引き継ぐ | 引き継ぐ債務を選べる | 分割契約・計画で定めた範囲を引き継ぐ |
| 取引先との契約 | 原則そのまま続く | 相手方の同意を得て移す(巻き直し) | 原則として包括的に移る |
| 従業員 | 雇用はそのまま続く | 転籍に本人の同意が必要 | 労働契約承継法の手続で移る |
| 不動産・許認可 | 名義変更不要。許認可も原則そのまま | 1件ずつ名義変更。許認可は取り直しが必要なことが多い | 移転登記が必要。許認可は種類により承継できる |
どの手法にもメリット・デメリットがあり、売り手と買い手で利害が対立することもあります。法律・財務・税務の専門家の助言を受けながら比較することが欠かせません。
Q2. 株式譲渡のメリットと注意点は何ですか?
A. 会社をそのままの状態で引き継げるため手続が簡便で、引退するオーナーの事業承継で最も多く使われます。一方、買い手は会社の簿外債務や株主の問題も引き継ぐため、事前の調査が欠かせません。
例えば、A社の株式を100%持つオーナーが、B社に株式を総額1億円で売る場合を考えます。会社の資産も、契約も、従業員もA社に残ったまま、株主だけがB社に変わります。不動産の名義変更や取引先との契約の巻き直しは原則不要です。
買い手が注意すべき点
- 株主を特定できるか:設立時の定款に親族の名前があるが連絡が取れない、名義だけの株主(名義株)がいる、といった会社は少なくありません。全株主を特定できないと、株主総会決議の有効性が争われたり、株主代表訴訟を起こされたりするリスクが残ります。株主の整理は「名義株とは?M&A・事業承継前の株主整理Q&A」で解説しています。
- 簿外債務:未払残業代、保証債務、係争中の損害賠償など、決算書に表れない債務も会社とともに引き継ぎます。簿外債務が多い場合は、優良な事業・資産だけを事業譲渡で買うほうがよいこともあります。
- 譲渡制限株式の承認:中小企業の株式は、譲渡に会社の承認が必要な「譲渡制限株式」であることがほとんどです。定款に従い、取締役会や株主総会で譲渡を承認する手続を踏みます。
税金の違い
株式譲渡では、売り手が個人の場合、株式の譲渡益に対して所得税・住民税(復興特別所得税を含め20.315%)が分離課税されます。買い手にとって、株式の取得代金は経費(損金)になりません。これに対し事業譲渡では、買い手は個々の資産を買うことになるため、減価償却などで経費に計上できる場合があります。実際の税負担は個別の事情で大きく変わるため、税理士にご確認ください。
Q3. 事業譲渡のメリットとデメリットは何ですか?
A. 事業の一部だけを売れる、引き継ぐ資産や債務を選べる、株主全員を特定しなくても株主総会の特別決議で進められる、といったメリットがあります。一方、不動産の名義変更や契約の巻き直し、許認可の取り直しなど、手続が煩雑になります。
例えば、食品加工事業と飲食店事業を営む会社が、飲食店事業だけを1億円で売る場合、実質的には店舗、設備、材料、ノウハウといった個々の財産の集まりを売買することになります。
事業譲渡のメリット
- 一部の事業だけを売れる:株式譲渡で一部の事業だけを売るには、先に会社を分けておく必要があります。
- 株主全員の特定が不要:事業の全部または重要な一部の譲渡には、原則として株主総会の特別決議(議決権の過半数を持つ株主が出席し、その3分の2以上の賛成)が必要です(会社法467条・309条2項11号)。例えばオーナーが80%の株式を持っていれば、他の株主に不明な点があっても決議できます。なお、反対した株主は、会社に株式の買取りを請求できます。
- 簿外債務を引き継がない:引き継ぐ債務を契約で特定するため、思わぬ簿外債務の負担を避けられます。
- 税務上の効果:買い手は資産を取得するため、減価償却や、一定の場合はのれん相当額の償却により、経費に計上できる可能性があります。売り手の会社には、譲渡益への法人税と、課税対象となる資産(土地などを除く)への消費税がかかります。
事業譲渡のデメリット・注意点
- 手続が煩雑:不動産は1件ずつ名義変更が必要で、登録免許税や不動産取得税もかかります。取引先との契約は相手方の同意を得て移す必要があり、口座の変更などの事務も生じます。
- 許認可:建設業や飲食店営業などの許認可は、事業譲渡では原則として買い手が取り直す必要があります(建設業など、事前の認可で承継できる業種もあります)。
- 債権者を害する譲渡は認められない:優良な事業だけを切り出して、借金を売り手の会社に残すような譲渡は、詐害行為として取り消されたり、残された債権者から買い手が直接請求されたりするおそれがあります(会社法23条の2など)。また、売り手の商号(屋号)を続けて使う場合は、売り手の債務について買い手も責任を負うことがあります(会社法22条)。
Q4. 一部の事業だけを売りたい場合、事業譲渡と会社分割のどちらがよいですか?
A. どちらも可能です。取引先や従業員の数が少なく、移す資産を選びたいなら事業譲渡、契約や従業員をまとめて移したいなら会社分割が向いています。
例えば、飲食店事業と雑貨販売事業を営むA社が雑貨販売事業だけをB社に売る場合や、関東と九州に店舗を持つA社が関東の店舗だけを売る場合です。事業譲渡でB社に直接譲渡する方法のほか、A社を会社分割して雑貨販売事業を新しい会社に移し、その会社の株式をB社に売る方法もあります。
Q5. 会社分割にはどのような特徴と手続がありますか?
A. 会社分割では、分割契約・分割計画で定めた権利義務が包括的に移るため、取引先や従業員と個別に契約し直す必要は原則ありません。その代わり、債権者保護手続、労働者保護の手続、登記などが必要です。
- 株主総会の特別決議:原則として必要です。
- 債権者保護手続:官報での公告と、知れている債権者への個別の催告などにより、異議を述べる機会を与える必要があります。結果的に、主要な取引先との協議は欠かせません。
- 労働者保護の手続:労働契約承継法に基づき、労働者との事前の協議や通知が必要です。労働者の意向を無視して一方的に移籍させることはできません。
- 登記:会社分割の登記が必要で、不動産の移転登記も行います。
- 株主の整理:株主構成が複雑な場合、分割後にどの会社の誰がどれだけの株主になるかを整理できなければ、会社分割は難しくなります。
なお、債権者を害することを知りながら行う会社分割(詐害的会社分割)では、残された債権者が承継した会社に直接請求できます(会社法759条4項など)。
Q6. M&Aの後も、取引先との契約は続きますか?
A. 株式譲渡では会社が存続するため、契約も原則そのまま続きます。ただし、契約書に「経営者や株主が実質的に変わった場合は解除できる」という条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)があると、取引が終了するおそれがあります。
例えば、店舗を貸していた大家さんにとって、借主の株主がいつの間にかライバル企業に変わっていた、ということは避けたいものです。そのため、当事者が誰かを重視する契約では、「事業譲渡に限らず、株式譲渡などにより営業主が実質的に変わった場合」を契約の終了事由として定めていることがあります。
- 主要な取引先との基本契約書で、当事者の変更や解除に関する条項を確認します。
- M&Aの前提として欠かせない取引先からは、事前に取引継続の同意書を得ておくと安心です。
- こうした点は、基本合意の後に行う法務デューデリジェンス(法務DD)で洗い出します。
事業譲渡では、取引先との契約は買い手の会社と結び直すのが原則です。
Q7. M&Aで従業員の雇用はどうなりますか?
A. 株式譲渡では雇用も労働条件もそのまま続くのが原則です。事業譲渡では、従業員が買い手の会社に移るには本人の同意が必要です。会社分割では、労働契約承継法の手続に従って移ります。
- 株式譲渡:雇い主である会社は変わらないため、労働契約に変更は生じません。
- 事業譲渡:売り手の会社を退職し、買い手の会社に採用される形になります。労働契約を買い手に移すには従業員本人の承諾が必要です(民法625条1項)。厚生労働省の「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」では、事前に労働者や労働組合と協議することなどが求められています。全員を引き継げない、労働条件を維持できないといった理由で事業譲渡を選ぶケースもありますが、事業譲渡だからといって自由に解雇できるわけではありません(労働契約法16条)。
- 会社分割:承継される事業に主として従事する従業員は、本人の同意がなくても分割契約などの定めに従って移ります。ただし、事前に個別に協議する必要があり、一定の場合には異議を申し出ることができます。
実際には、体力のある会社に買われることで、従業員の労働条件がよくなるケースも少なくありません。従業員への説明のタイミングと内容は、慎重に計画しましょう。
まとめ|M&Aの手法は「何を・誰が・どう引き継ぐか」で選ぶ
- 株式譲渡は手続が簡便。ただし簿外債務や株主の問題も会社ごと引き継ぐ
- 事業譲渡は資産・債務を選べるが、名義変更や契約の巻き直し、許認可の取り直しが煩雑
- 会社分割は権利義務を包括的に移せるが、債権者保護・労働者保護の手続が必要
- 主要取引先の契約にチェンジ・オブ・コントロール条項がないか確認し、必要なら同意書を得る
- 事業譲渡での転籍は本人の同意が必要。解雇も自由にはできない
- 税負担は手法によって大きく変わるため、税理士と併せて検討する
小川・橘法律事務所では、株式譲渡・事業譲渡・会社分割の手法の選択、契約書の作成・チェック、法務デューデリジェンスなど、事業承継・M&Aに関するご相談をお受けしています。法人・個人事業主の方の初回60分の法律相談は無料です。ご予約ページからお問い合わせください。
執筆者:弁護士 小川剛(小川・橘法律事務所/福岡県弁護士会)
本記事は2026年10月時点の法令に基づいて作成しています。元となったコラムはリスク法務実務研究会の会報誌に掲載されたものです。個別の事案については弁護士にご相談ください。
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[…] 事業譲渡や会社の統合(M&A)で交わす基本合意書については、「中小企業のM&A・事業承継の流れQ&A」で解説しています。また、取引基本契約には、取引先の株主や経営者が変わった場合に解除できる条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)を入れることがあり、自社が株式譲渡などでM&Aを行う際には、主要な取引基本契約にこの条項がないかの確認が欠かせません(参考:株式譲渡・事業譲渡・会社分割の違いQ&A)。 […]