※本記事は、リスク法務実務研究会の会報誌に当事務所の弁護士が寄稿した「賃貸借契約におけるトラブル」コラム(2018年4月号〜2019年4月号・全13回)のうち、明渡し訴訟と強制執行に関する回を、2026年10月時点の法令に合わせて再構成したものです。滞納が始まったときの催告や解除については「家賃滞納への大家の対応Q&A」をご覧ください。
家賃を滞納したまま退去しない入居者には、最終的に裁判と強制執行で明渡しを実現することになります。いわゆる「強制退去」ですが、実際にはどのような手続を踏み、どれくらいの期間と費用がかかるのでしょうか。
この記事では、福岡の弁護士が、家賃滞納による強制退去の全体の流れ、建物明渡し訴訟の準備と訴状を受け取らない場合の対応、強制執行(明渡しの催告・断行)の手続、費用と期間の目安を、Q&A形式で解説します。
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この記事の要点
- 強制退去は、解除→建物明渡し訴訟→判決→強制執行(明渡しの催告・断行)という順序で進みます。
- 順調に進んでも、提訴から明渡し完了まで半年程度、滞納の開始から数えると1年近くかかることがあります。
- 訴状を受け取らない入居者には、付郵便送達や公示送達で裁判を始められます。
- 入居者が欠席すれば、第1回期日から間もなく欠席判決が出ることがほとんどです。
- 強制執行には、執行官への予納金、鍵業者・搬出業者の費用、荷物の保管費などがかかり、ワンルームでも数十万円になることがあります。
Q1. 家賃滞納の強制退去はどのような流れで進みますか?期間は?
A. 解除の通知、建物明渡し訴訟、判決の確定、強制執行の申立て、明渡しの催告、断行という流れです。順調でも提訴から半年程度かかります。
入居者が裁判に欠席し、手続が順調に進んだ場合のイメージは次のとおりです。
| 段階 | 期間の目安 |
|---|---|
| 賃料の滞納(3か月分程度) | 約3か月 |
| 催告・解除の通知(内容証明郵便) | 約2週間〜1か月 |
| 提訴から第1回期日 | 約1か月〜1か月半 |
| 欠席判決 | 第1回期日から1〜2週間程度 |
| 判決の確定 | 判決の送達から2週間(受け取らない場合はもう少しかかります) |
| 強制執行の申立てから明渡しの催告 | 数週間 |
| 明渡しの催告から断行 | 原則約1か月 |
| 搬出した荷物の保管・処分 | 約1か月 |
この間、大家さんには賃料が入らず、次の入居者も募集できません。滞納の開始から1年近く賃料が入らないこともあり得るため、対応は早いほど損失を抑えられます。
Q2. 建物明渡し訴訟を起こすには、何を準備すればよいですか?
A. 訴状のほか、建物の登記事項証明書、固定資産評価証明書、賃貸借契約書、解除通知の内容証明郵便、滞納の一覧などを準備します。
主な準備書類
- 建物の登記事項証明書、間取り図(明渡しを求める部屋を特定するため)
- 固定資産評価証明書(裁判所に納める印紙代の計算に使います)
- 賃貸借契約書(連帯保証人にも請求する場合は保証契約書)
- 催告・解除通知の内容証明郵便と配達証明
- 滞納賃料の一覧表、入金履歴
2026年5月に全面施行された民事裁判のIT化により、訴状や証拠はオンラインで提出できるようになりました(弁護士が代理人の場合はオンライン提出が義務です)。
訴状の「請求の趣旨」の例
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
2 被告は、原告に対し、金○○円(未払賃料)及びこれに対する令和○年○月○日から支払済みまで年○パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、令和○年○月○日(解除の翌日)から前項の建物の明渡し済みまで、1か月金○万円の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
※第3項は、解除後に居座っている期間の賃料相当損害金の請求です。年利は契約で定めた遅延損害金の割合(定めがなければ法定利率)を記載します。連帯保証人も被告にする場合は、保証契約に基づく請求を加えます。
請求の原因には、①賃貸借契約の締結と内容、②建物の引渡し、③賃料の滞納の状況と信頼関係が壊れたこと、④解除の通知が届いたこと、を証拠とともに記載します。
第三者に部屋を使われるおそれがある場合
裁判中に入居者が第三者を住ませると、判決で明渡しを実現できなくなるおそれがあります。そのようなおそれがある場合は、提訴前に占有移転禁止の仮処分を検討します。
Q3. 入居者が訴状を受け取らない場合はどうなりますか?
A. 訴状が届かなければ裁判は始まりません。休日の送達、送達先の変更、付郵便送達、公示送達といった方法で、受け取らない入居者にも裁判を始められます。
- 休日の送達:平日は不在でも、休日には在宅していると思われる場合に使います。
- 送達先の変更:勤務先が分かれば就業場所へ、実家で生活しているなら実家へ送達します。
- 付郵便送達(書留郵便に付する送達):住んでいるのに受け取らないことが明らかな場合、裁判所が書留郵便で発送した時点で送達があったものとみなされます。
- 公示送達:住所も就業場所も分からない場合の最後の手段です。現地のメーターや郵便受けの調査結果を報告書にまとめて提出します。現在は裁判所の掲示場への掲示に加えてインターネットでも閲覧できる方法で行われ、2週間で効力が生じます。
公示送達については「公示送達とは?相手の住所が分からない場合の調査と手続き」もご覧ください。
Q4. 裁判はどのように進みますか?入居者が出てこない場合は?
A. 入居者が出廷すれば、裁判所から話し合い(和解)を勧められることがほとんどです。欠席すれば、欠席判決で明渡しと未払い賃料の支払を命じる判決が出るのが一般的です。
入居者が出廷した場合:退去を前提とした和解
和解では、退去までに一定の猶予を与えたり、期限どおりに退去すれば未払い賃料を免除したりすることがあります。未払い賃料の免除は法的に必要なものではありませんが、支払能力のない入居者からの回収は難しく、強制執行の費用も考えると、確実な退去を優先するほうが合理的な場合が多いのです。
和解条項の例
1 被告は、原告に対し、未払賃料として金20万円の支払義務があることを認める。
2 被告は、原告に対し、前項の金員を、令和○年○月から令和○年○月まで、毎月末日限り金5万円ずつ分割して支払う。
3 被告は、原告に対し、本件建物を令和○年○月末日限り明け渡す。
4 被告が前項の期限までに本件建物を明け渡したときは、原告は、第1項の金員のうち未払の部分の支払を免除する。
5 被告は、本件建物の明渡し後に残された動産の所有権を放棄し、原告がこれを処分することに異議を述べない。
裁判上の和解は判決と同じ効力があり、期限までに退去しなければ強制執行ができます。和解については「判決と和解の違いとは?」もご覧ください。
入居者が欠席した場合:欠席判決
家賃を滞納する入居者は裁判にも出てこないことが少なくなく、その場合は欠席判決となるのが一般的です。判決は第1回期日から1〜2週間程度で言い渡されることがほとんどで、大家さんが判決の言渡しに立ち会う必要はありません。裁判の期日の進み方については「裁判の期日とは?」もご覧ください。
Q5. 判決が出たら、すぐに強制執行できますか?
A. 原則として判決が確定してからです。判決の送達を受けてから2週間の控訴期間が過ぎれば確定し、執行文や送達証明書をそろえて強制執行を申し立てます。
- 判決に仮執行の宣言が付いていれば、確定前でも強制執行を申し立てられます。建物の明渡しでは付されないこともあり、その場合は確定を待ちます。
- 入居者が判決も受け取らない場合は、付郵便送達などを利用するため、確定まで1か月程度かかることがあります。
- 強制執行には、執行文の付いた判決、送達証明書、確定証明書などが必要です。
判決後も、強制執行の前にもう一度入居者に連絡し、判決書の写しと「強制執行の予告」を郵便受けに入れるなどして、任意の退去を促すことも有効です。強制執行は手間と費用がかかるためです。
Q6. 建物明渡しの強制執行はどのように行われますか?
A. 執行官に申し立て、「明渡しの催告」で引渡し期限(原則約1か月後)を告知したうえで、期限までに退去しなければ「断行」で荷物を搬出し、大家さんに明け渡されます。
① 強制執行の申立てと執行官との打合せ
地方裁判所の執行官に申立書を提出し、予納金を納めます。申立て後、執行官から日程調整の連絡があり、居住の状況、室内の荷物の量、鍵の有無などを確認されます。荷物の量が分からない場合は搬出業者を、鍵がない場合は鍵業者を同行させます。
② 明渡しの催告
執行官は、郵便受けの表示や郵便物などから部屋を占有している人を確認し、判決の相手と同一かどうかを確かめます。入居者宛の郵便物は占有者の確認に使われるため、勝手に捨てないでください。そのうえで、原則として約1か月後を引渡し期限と定め、それまでに明け渡すよう催告します。不在でも鍵を開けて室内を確認し、引渡し期限や占有の移転が禁止されることを記載した公示書を室内に貼り付けます。この日は荷物の搬出は行われません。
③ 明渡しの断行
期限までに任意に退去しなければ、執行官・鍵業者・搬出業者が集まり、明らかなごみ以外の荷物を搬出して倉庫に運びます。鍵を交換して大家さんに渡すことで、明渡しが完了します。
④ 搬出した荷物(目的外動産)の処分
搬出された家財道具は「目的外動産」と呼ばれ、一定期間保管されたあと、価値のあるものは売却されます。実際には買い手がなく、大家さんが買い取って廃棄することが多いのが実情です。
強制執行による回収については「強制執行 相手の不動産・給与・株式からの債権回収」もご覧ください。
Q7. 強制退去にはどれくらいの費用がかかりますか?
A. 物件の広さや荷物の量で大きく変わりますが、ワンルームマンションでも、裁判所への予納金や搬出・保管・処分の費用だけで数十万円になることが少なくありません。これとは別に弁護士費用がかかります。
- 訴訟の費用:印紙代(固定資産評価額などをもとに計算)と郵便費用など
- 執行官への予納金:物件の規模などによりますが、アパートの1室で、10万円程度が一つの目安です
- 鍵業者・搬出業者・倉庫での保管と処分の費用:ワンルームでも20万〜30万円程度かかることがあります
コラム執筆当時の実務経験では、裁判と執行の費用だけで50万円程度、弁護士費用を加えると100万円近くの支出になる例もありました。家賃が月5万円程度の物件でも、未払い賃料とあわせると大きな損失になります。実際の費用は事案によって異なるため、事前にお見積りをご確認ください。
※執行にかかった費用は入居者や連帯保証人に請求できますが、実際に回収できるかは相手の支払能力によります。
Q8. 強制退去の期間や費用を抑える方法はありますか?
A. 滞納が始まったら早めに催告・解除・提訴をすること、裁判の内外で任意の退去を引き出すこと、連帯保証人の協力を得ることが重要です。
- 早めの対応:滞納が3か月分程度に達したら、迅速に解除の手続に入ります。
- 任意の退去を優先する:未払い賃料の一部免除と引き換えに退去してもらう方が、強制執行より安く早く済むことがあります。
- 連帯保証人に協力を求める:鍵の管理や荷物の搬出を引き受けてもらえれば、断行まで進まずに済むことがあります。
- 自力での追い出しはしない:鍵の無断交換や荷物の処分は、かえって損害賠償を請求されるおそれがあります。

まとめ|強制退去は「半年」と「数十万円」を視野に早めの判断を
- 強制退去は、解除→建物明渡し訴訟→判決→強制執行(明渡しの催告・断行)の順で進む
- 訴状を受け取らない入居者にも、付郵便送達や公示送達で対応できる
- 入居者が出廷すれば退去を前提とした和解、欠席なら欠席判決
- 強制執行は、明渡しの催告から原則約1か月後に断行。郵便物は捨てない
- 費用はワンルームでも数十万円。任意の退去や連帯保証人の協力で軽減できることも
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執筆者:弁護士 小川剛(小川・橘法律事務所/福岡県弁護士会)
本記事は2026年10月時点の法令に基づいて作成しています。元となったコラムはリスク法務実務研究会の会報誌に掲載されたものです。費用や期間は目安であり、個別の事案については弁護士にご相談ください。
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